
でも代わりに頭が大きい気がします。(笑)
不恰好さで言うと、どっこいどっこいでしょうか。
しかしおずおずと上げた鼻と、物憂げな表情は同じでした。
インド文化に則って(?)きらびやかな装飾が施されていますが、他の象の置物やレリーフがまとっている神秘性や雄雄しさと比較して、どこかノりきれない雰囲気です。
脚を突っ張り、感情を押し殺して、何かに耐えているようにも見えます。
ダンマパダ(法句経)という古いお経の第23章に、苦しみと迷いのなかで生きる世上の人の心を、象の行動になぞらえた詩節が幾つか出てきます。
自分の境遇に照らし合わせて、大変含蓄ある言葉に感じています。
この像は、そこに出てくる象みたいだなと思いました。
お釈迦様を安置した祭壇にお迎えし自分の分身と位置づけています。
煩悩=数珠を背負わせてみました。
瞑想する時だけ取ってあげて、自分で身に着けます。





























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